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山岸俊男,『信頼の構造 こころと社会の進化ゲーム』,東京大学出版会,1998年.

●要旨
 本書は「集団主義社会は安心を生み出すが信頼を破壊する」(p.1)というメッセージから始まる.安心とは「相手が自分を搾取する意図をもっていないという期待の中で,相手の自己利益の評価に根差した部分」(p.39)を意味し,信頼とは「相手が自分を搾取する意図をもっていないという期待の中で,相手の人格や相手が自分に対してもつ感情についての評価にもとづく部分」を意味する.しばしば混同される信頼と安心の概念をこのように区別することで「安心が提供されやすいのは信頼が必要とされていない安定した関係においてであり,信頼が必要とされる社会的不確実性の高い状況では安心が提供されにくい」(p.50)という主張をより明確なものにしている.つまり「安定した社会的不確実性の低い状態では安心が提供されるが,信頼は生まれにくい.これに対して社会的不確実性の高い状態では,安心が提供されていないため信頼が必要とされる」(pp.50-51)のである.
 また,他者一般に対する信頼のデフォルト値を「一般的信頼」と呼ぶが,一般的信頼の高い高信頼者は,騙されやすい人を意味しない.そういった人々は,見知らぬ他者を信頼する傾向が強い代わりに,その人の信頼性を判断するための情報処理を適切に行なうことができる.他方,低信頼者は,顔見知りの特定の相手のみを信頼するが,それは,他者の信頼性を適切に評価できないために生じる.著者は,日米の比較研究によって,安心社会の日本と信頼社会のアメリカとして位置づけている.
 山岸は,信頼には,関係を強化する側面と,関係を拡張する側面があるという.従来の信頼に関する議論の多くは,前者を扱ったものが殆んどであったが,本書は後者に焦点をあてている.
 社会的不確実性の大きな環境においては,特定の相手との間に「コミットメント関係」を形成し,その関係の内部での社会的不確実性を低下させるという方法がある.しかしながら,コミットメント関係は,その関係の外部と接触をもつことで得られるはずの利益の損失,すなわち,機会コストを生み出す(p.81).山岸は,グラノベッターの紐帯の理論を引用して「強い靭帯に囲まれている人々は安心して暮らすことができるが,そのために手に入れられる情報の量が制限されるというかたちで機会コストを支払っている」(p.99)と説明する.そして,低信頼者ほどコミットメント関係を築こうとする傾向が強いとし,機会コストが大きい環境においては,高信頼者の方が大きな利益を得られる可能性があると述べる(p.84).すなわち,信頼こそが,人々を,既存のコミットメント関係から解き放つものであると主張するのである.山岸はこれを「信頼の解き放ち理論」と呼んだ.
 「現在の日本社会は,コミットメント関係のネットワークの拡大で対処できるレベルを越えた機会コストの増大に直面している」(p.202).山岸は,このような社会と共進化するかたちで,社会的知性を身につけ,それに裏打ちされた高い一般的信頼をもつことが必要であるとするが,同時に,正直者が馬鹿を見ない,効率的で公正な社会・経済・政治制度の確立も忘れてはならないと説いている.


●コメント
 ブランドや店舗,評判などの「信頼」を持たない企業が,インターネット上において新規にビジネスを立ち上げるとき,いかにして信頼を築くのであろうか.一つは,企業自身の自己利益に根差した(裏切ると損をする)何らかのしくみを利用することで「安心」を提供する方法が考えられる.あるいは第三者によって提供される保証によって間接的に「信頼」を提供する方法もあるだろう.しかしながら,顧客側がもつべき社会的知性としての一般的信頼を考えた場合,インターネット上での信頼評価が,コンテンツの情報のみを基準として行なわれるならば,新たな取引関係へと解き放つ一つの方策として情報開示があるように思われる.


林 幹人(2002年5月20日)

URL:http://www.jkokuryo.com/literature/bs/review/doctor2002/yamagishi1998hayashi.htm


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